とあることがきっかけで将来の目標を失い、漫然と大学生活を送っていた2回生の英語の講義中、教員が学生に一本のドキュメンタリードラマを鑑賞させた。それが、私と『深夜特急』との出会いである。
記憶が定かではないため当該教員がどういった理由で学生に鑑賞させたのかはもはや判然としないが、20代の男性が一人で海外を放浪する姿を克明に描き出すそのドキュメンタリードラマは、海外旅行の経験もない当時19歳の私にとっては衝撃的で、狭い世界に生きている自分を恥じるとともに、「このままではいけない」という非常に強い危機感をもたらせてくれたように記憶している。
そのドキュメンタリードラマの原作がこの書籍である。
ドキュメンタリードラマを教員により半ば強制的に鑑賞させられ、それをきっかけとしてこの書籍に出会い、3回生に上がる前の春休みに2か月間の旅にでた。これが私の人生初の海外旅行であり、バックパックを背負い、2か月間かけて東南アジアを陸路で一周することとなったのである。
その後も長期休暇の都度、イスラエルなどの中東地域、インドなどの南アジア地域を放浪し、現地の人々との交流や文化との接触を通じて、自分の価値観にも大きな影響を与えていく経験をしていくこととなった。
私はこの書籍から学んだことも確かに多い。しかしながら、私がこの書籍を紹介する本旨は読了の先にある。単に書籍を読むのではなく、その先にある広い世界に是非とも飛び込んでいってほしい。きっと様々な学びがあるはずだ。
私の人生は、この書籍のせいで、ドキュメンタリードラマのせいで、当該教員のせいで、大いに狂っていったことは間違いない(良い意味で)。
(旅する力 深夜特急ノートより)
旅を気軽にできるようになった若者たちに対して、私が微かに危惧を抱く点があるとすれば、旅の目的が単に「行く」ことだけになってしまっているのではないかということです。大事なのは「行く」過程で、何を「感じ」られたかということであるはずだからです。目的地に着くことよりも、そこに吹いている風を、流れている水を、降りそそいでいる光を、そして行き交う人をどう感受できたかということの方がはるかに大切なのです。
もしあなたが旅をしようかどうか迷っているとすれば、わたしは多分こう言うでしょう。「恐れずに」
それと同時にこう付け加えるはずです。「しかし、気を付けて」
異国はもちろんのこと、自国においてさえ、未知の土地というのは危険なものです。まったく予期しない落とし穴がそこそこにあります。しかし、旅の危険を察知する能力も、旅をする中でしか身につかないものなのです。旅は、自分が人間としていかに小さいかを教えてくれる場であるとともに、大きくなるための力をつけてくれる場でもあるのです。つまり、旅はもうひとつの学校でもあるのです。
入るのも自由なら出るのも自由な学校。大きなものを得ることもできるが失うこともある学校。教師は世界中の人々であり、教室は世界そのものであるという学校。もし、いま、あなたがそうした学校としての旅にでようとしているのなら、もうひとつ言葉を贈りたいと思います。
「旅に教科書はない。教科書を作るのはあなたなのだ。」と。
大学2回生当時の私のように、大学生活を漫然と過ごしている人におすすめしたい。
書籍の中には次のような一文がある。
「かつて、私は、旅することは何かを得ると同時に何かを失うことでもあると言ったことがある。しかし、齢を取ってからの旅は、大事なものを失わないかわりに決定的なものを得ることもないように思えるのだ。」
すなわち、旅にはそれぞれの適齢期があり、20歳前後だからこそ感受できることがあるということである。
新型コロナウイルス感染症の影響により、海外への渡航は制限されているが、海外である必要は必ずしもない。見ず知らずの土地にわが身一つで旅に出てみてほしい。そして、「そこに吹いている風を、流れている水を、降りそそいでいる光を、そして行き交う人を」自分なりに感受し、自分なりの価値観を作りあげていってほしい。この書籍がそのきっかけとなることを願ってやまない。
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